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爆chで升氏が連載している『生き物たちのお医者さんが診る水辺の環境』について、そのおかしなところを指摘していただいています。
少しでも多くの方の目に触れるよう、転載の許可をいただきましてここに掲載します。
転載元
【言い訳】heizoheizoちゃんのスレ2【反目】http://sports9.2ch.net/test/read.cgi/bass/1116258428/
【heizo】擁護派オピニオンリーダ検証スレ3【升】http://sports9.2ch.net/test/read.cgi/bass/1122292671/
【マス理論の〈根拠〉を検証】
爆釣チャンネルで連載中の外来魚問題コラム『生き物たちのお医者さんが診る水辺の環境』の
〈根拠〉を批判的に検証するスレッドです。(http://www.bakucho.co.jp/toku/masu.html)
マス理論は、「生物多様性」批判を行うため、多くの分野から〈成果〉を援用していますが、
生物学系研究者にとっては、〈成果〉の援用が絶対オカシイと解かっているけど、
どこがオカシイのかキチンと指摘できない。発言自体も本人の専門領域じゃ無
いが、でも突っ込もうとしている生物学系研究者にとってもあまりにも畑違い
でサワリりようが無い。
と云った構造的な特徴があります。
このスレッドは、そのような構図を打破して、マス理論を批判しようとする方々への支援を目的とします。
ここでの書き込みは参考とされやすいように、関連URLや参考文献をなるだけキチンと明示して下さい。
また、学問板関係の方は、その板固有の名無しさんで書き込んでいただけると幸いです。
では、諸科学連合による学際的協業のもと、有意義な成果を挙げましょう。
http://www.bakucho.co.jp/toku/m1.html
>釣りは、ヒトが魚をとって、食べて、生きるための文化であり文明ですね。
「釣り」が生活文化であることは納得できます。〈文明〉については、定義を御教示いただきたいで(w
>ヒトが農耕を始めたころ土器が発明されて、コメやムギなど食べ物を貯蔵できるようになりました。
順番が逆です。農耕を始める前に人類は土器を手に入れました。日本の縄文時代はその典型例ですね。
(世界的には無土器農耕が発達した地域もありますよ)
>1万4800年前に地球が急に温暖化して、ヒトが食べられるものが少なくなりました。
出た、マス先生の新理論(w
〈寒冷化〉ですよ、どう頭を捻っても。「温暖化」したら基本的に採集文化は発達しますよ。日本の縄文貝
塚文化がその典型例です。
「1万4800年前」は、最近のAMSを用いた暦年較正年代と思われますが(教科書にはまだ載っていない、
多分…)、従来のBP値としては11000〜12000年前でしょうが、それを〈読み替えた〉数値ですね。弥生
時代の開始年代が500年古くなったと云うのと同じ理屈です。この辺もチャンと理解してるのかな?
>ヒトは森の中で定住するようになりました。
してないって(w
「1万4800年」で検索かけたら、ネタ元がわかりました。
「大半の最古の土器の出土地点が森林地帯に近接して分布する」「土器づくりをいちはやく始め、定住生活
に入った『森の民』が、稲作農耕を開始した」のあたりをネタにしたんでしょうが、「森の中で定住」した
とは書いてないって(w
農耕には必ず開墾が伴うし、それは人類が〈森林〉を失っていった歴史でもある。農耕民がワザワザ「森
の中」に定住することはない。それを云うなら、森の中に拓かれた定住集落でしょう。
それから、ネタ元一つで色々「語る」と危ないですよ(w
稲作農耕とは異なる農耕形態を持った、学史的に著名なジャルモ遺跡@イラクやイェリコ遺跡@イスラエ
ルなどはどうのように理解するのですかね?
このタイプの人は、問い詰めると「僕は専門じゃないので」と逃げそうですね。
バサー誌今月号に、社会学は専門じゃないと云いながら〈歴史〉を語るそのやり口からも、想像はできます。
自分の専門じゃ無ければ、いい加減に何を書き散らかして、良いと云うものではない。
知識の無い読者は、アカデミーポストに就いている先生が書いているからと信用してしまうのだから、そうした
社会的な責任を自覚して欲しいですね。
しかも、確信犯的にトンデモ説を開陳すると云うレベルにも達せず、いい加減に食い散らかしてまとめてるだけ。
トンデモやデムパな人たちは、もっと真面目です。
今回のネタ本は、多分この辺かな…
http://www.jiid.or.jp/j/ARDEC/ardec31/BookReview.htm
今月号のバサー誌にも、耳慣れない「稲作漁撈民」と云うタームが共通して出てますしね。
なるほど、マス先生は「梅猛の教え」を広めなさるか…
なんか、この本自体もトンデモっぽいですが…
http://www.bakucho.co.jp/toku/m3.html
>そのころの日本には、馬場壇(ばばだん)人とよばれる、いまの私たちとは
>種類がちがうヒトが生活していました。
>馬場壇人は北京(ぺきん)原人の親戚です。
ここで云われている「そのころ」とは、第四紀更新世末〜完新世初頭(≒縄文時代草創期初頭)と思われますが、
こうしたモノを論述しようとする場合、クロノジー(年代学)が最も基礎となるのではないでしょうか? (その1)
(その2)の年代もネタ本では、「暦年代」「暦年較正年代」「「AMS炭素年代」などと正確に記載されていると思わ
れますので、よろしくお願いします。
んで、「馬場壇」遺跡ですが、ゴッドハンドFに汚染されてますので、現在では無効化された資料です。
http://www.miyagi-ann.org/arc/paleo/site.htm
20万年前(テフラ降下年代)と云われてたので、年代的には後期ホモ=エレクタス(北京原人)と合致しますし、
ホモ=サピエンス(現生人類種)とは別種ではあるのですが…
>新人という、ボクたちと同じ種類のヒトが日本列島に移住してきました。
>このヒトたちが日本列島に定住して明石人とか岩宿人とか名前がつけられて
>います。
「明石人」骨は、古代型人類種としての帰属を否定され、ホモ=サピエンスとされていますが、そう云う用法とし
ては「明石人」と言わないような…
春成秀爾ほか(1987):明石市西八木海岸の発掘調査,国立歴史民俗博物館.
>1万4800年前に温暖化したころ、長江中流域から土器の技術をもったヒトたちが
>日本列島に渡ってきたようです。
「一方、日本列島北部からシベリア極東地域においてもロシアのガーシャ遺跡やフーミ遺跡、さらには青森県
大平山元遺跡、中国河北省虎頭梁遺跡などから、1万6500年前にさかのぼる土器が発見されている。」
ネタ元の一つ(多分…)にも書いてあるように、シベリア・北東アジア系の更新世にかかる土器が、長江流域と
は独立して青森県で出土していますが…(16500年前は暦年較正年代)
>日本で最初に漁労をしていたのは馬場壇人だったと想像しています。
>そのつぎは、明石人や岩宿人などの新住民です。
またまた、御冗談を…
現在のところ、最も古い漁労具の出土例は、南部アフリカでの骨角製のモリやヤスなどの刺突具で、9万年前
(AMS炭素年代)の早期ホモ=サピエンスがその担い手と考えられています。馬場壇人(存在するとして…)に
は20万年前という年代が与えられていますので、極東ではホモ=サピエンスでは在り得ませんし、ホモ=エレク
タスに伴出するインダストリーに漁労具は現在のところ確認されていません。
ちなみに、日本における更新世の漁労文化は一部を除くと、存在しなかったようです。縄文時代に入って最古
級のものが夏島貝塚(9450±400.BPy)です。縄文貝塚文化も早い段階のものは、貝資源利用に傾斜してい
て漁労が未発達でした。
http://www.bakucho.co.jp/toku/m4.html
>やがて西アジアからヨーロッパは森がなくなってしまいました。
どうしてこうも極端なことを言い出すのかな?
中世ヨーロッパでは「海の如く広がる黒い森」が象徴であったことを知らないのか…
http://www.bakucho.co.jp/toku/m5.html
>石油や石炭を化石燃料と言います。
>古代の動植物の死体が炭素化したものなので
この人、本当に〈理系〉でしょうか。「古代」って単に大昔の意味で使っているのかな…
>ヨーロッパは小寒冷で石炭や石油を燃やした石油エネルギーに気づき、
>蒸気の力で工場を動かす産業革命をおこし、石油化学の発達で火薬と
>武器を発達させていました。
18世紀の産業革命について記述ですが、「石油エネルギー」はどう頭捻っても間違いでしょう。石炭でしょう、石炭!
「石油化学の発達」って、20世紀に入ってからじゃないですか…
>これが科学の始まりです。
「産業革命」が科学の始まりって…
科学技術の間違いかな?
http://www.bakucho.co.jp/toku/m7.html
>縄文に始まり弥生時代に発達した日本の水田のかたち
大法螺も小さな間違いも、自由自在だな(w 稲作水田耕作が、縄文時代のうちに伝来して、弥生時代で発達
して拡散したってこと?
縄文時代晩期と弥生時代早期の間が二つの時代の境界にあたるのですが、現在のところ、最古級水田遺跡
の確実な発見例は、弥生時代早期のうちに収まっていますね。
菜畑遺跡9〜12層@佐賀県、板付遺跡7a/7b区@福岡県あたりかな。
暦年較正年代はモメてますが、新しくて2500年前、古く見積って3000年と云うところです。
(参考)http://www.rekihaku.ac.jp/kenkyuu/news/index.htm
確実に縄文時代晩期をさかのぼる水田遺跡の発見例があったら、教えていただきたいものですが…
どうしても14800年前の長江文明に、日本の伝統文化の起源を求めたいのかな?
http://www.bakucho.co.jp/toku/m17.html
>今になって、ちゃんと勉強したら、日本人は古代ベトナムから移り住んできたヒトが多くい
>て、日本の伝統的な習慣にもベトナムとそっくり、神社の鳥居の原型もベトナムにあること
>も知りました。
すみません。かなり調べてみたのですが、しかるべき概説書にはそのような〈定説〉は載っていませんでした。考古
学的に云えば、中世のヴェトナム陶器以前には直接の交流を示す物証は存在しませんね。
http://www.bakucho.co.jp/toku/m18.html
>人種
〈人種〉と云う呼称は、今の人類学ではあまり使われませんが…
>どんな生物も古代から進化してきたから
だから、仮にも大学研究者の肩書きで著述を行うのであれば、タームの定義はキチンとしてくださいな。「古代」って
どんな意味でつかっているの? 「ロング ロング ア ゴー」かな
>この歴史書の「魏志」の「東夷」の条が魏志倭人伝です。
正確に云うと、「東夷伝」の「倭人条」ですね。
http://www.bakucho.co.jp/toku/m19.html
>読者の皆さんにお願いがあります。私の文章で読めない漢字や、意味不明の人物、歴史、出来
>事が書いてあるとき、学校の社会の教科書を調べて下さい。
・・・・・・・・・・・
あの〜、教科書にも載っていないような事を書いておいて、教科書で調べろは無いんじゃないでしょうか…
http://www.bakucho.co.jp/toku/m21.html
>日本最古の水田は二種類あります。
>佐賀県唐津市「菜畑遺跡」から発掘された水田は、2600年前の縄文時代中期のも
>のではないかと推定されています。
「二種類あります」と云うから、〈給水型〉と〈排水型〉の話(山崎,1987)かと
勘違いしそうになりましたよ。
「2600年前」は〈生〉の炭素年代値ですね。下の方で引用している長江流域の年代はAMSによる暦年較正年代と
考えられますから、統一すべきかと思うのですが、おそらく古いネタ本からそのまま〈引用〉してるんでしょう。〈年
代学〉を勉強したことが無いのは確かなようですが… 出土土器のタイプから菜畑遺跡と同時期と考えられる
暦年較正年代はほぼ3000年前ですね。
「縄文時代中期」って、これほど明確な〈嘘〉を書いてはいけない。高校生が信じたらどうするのですかw 菜畑
遺跡の〈最古の水田〉の時期は弥生時代早期(突帯文土器単純期;この時期を縄文時代晩期末とすることもあ
る)ですよ。
参考URL:
国立歴史民俗博物館:弥生時代の開始年代について.
http://www.rekihaku.ac.jp/kenkyuu/news/index.htm
文献:
山崎純男(1987):北部九州における初期水田−開田地の選択と水田構造の検討−.
九州文化史研究所紀要32
http://www.bakucho.co.jp/toku/m24.html
>仏教はインドから北へ回り、大陸内陸経由のシルクロードから中国・朝鮮半島へ伝わり、イン
>ドから東西の海沿いに海のシルクロードを経由して広がりました。
>日本へはおもに大陸経由で伝わりましたが、海沿いから伝えられたことも多かったようです。
北回りが大乗仏教、海(南)回りが上座部(小乗)仏教ですね。日本仏教は一貫して大乗仏教であることが特徴だ
と思っていましたが?
>稲作の伝来、百済の遷国に次いで、日本列島への文化文明と動植物の移入と移植を推進したの
>は、仏教だったと考えています。
ははぁ、そう云うことですか… 古来からこの列島の住人は海外から多くのものを受け入れてきたと云うことを
論証したいわけですか。
多くの文物を受け入れてきたのは事実なんですが、常に〈選択的〉であったことが特徴だと思われます。
例えば、水田耕作と一緒に入ってきておかしくなかった牧畜は受け入れられなかったし、あれほど大陸・半島で
隆盛した「宦官の制」は全く受け入れられませんでした。また、仏教それから儒教は積極的に受け入れましたが、
聖徳太子に伝わったと思われる教団道教(『日本書紀』「常世の蟲」)は決して受け入れてはいません。
だから、何でも全て受け入れたわけでは無いのです。常に選択的であり、主体的であったと云えるでしょう。
http://www.bakucho.co.jp/toku/m25.html
>呉が越に滅ぼされ呉国からの難民がどっと日本列島におしよせたと推測しています。
>越国は金銀より玉(ぎょく)を大切にしていたので、糸魚川あたりに翡翠(ひすい)を手に入
>れにきていたようです。
>越も滅ぼされ、こんどは越難民がドッと日本列島におしよせたようです。
>日本人の遺伝子には多様性があり、扶余人、呉人、越人の渡来による遺伝子も私たち日本人は
>共有しています。
これはマス先生だけじゃなく、司馬遼太郎さんも以下のように書かれています。
「越の滅亡後、その遺民たちが対馬海流に乗って九州に渡来し、水田による稲作をもたらしたの
ではないか、という想像が以前から存在する。なにしろ越の滅亡と、九州への稲作の渡来とが、
年代としてよく符合するのである。」『この国のかたち』
BC.500年前後 弥生時代早期の開始(水田耕作の西日本への伝来)
BC.473年 呉の滅亡
BC.300年前後 弥生時代前期の開始(水田耕作の西日本的普及)
BC.334年 越の滅亡
BC.100年前後 弥生時代中期の開始(水田耕作の東日本への普及)
ただ、今では新しい炭素年代法によって弥生時代の開始年代が500年さかのぼったために成立しな
くなってきてるんですよね。まだ、論争は続いてはいますが…
BC.1000年前後 弥生時代早期の開始(水田耕作の西日本への伝来)
BC.800年前後 弥生時代前期の開始(水田耕作の西日本的普及)
BC.473年 呉の滅亡
BC.400年前後 弥生時代中期の開始(水田耕作の東日本への普及)
BC.334年 越の滅亡
>フナやコイは、私たち日本人の遺伝子を下支えしている、余や呉からの人たちの移住・移植によ
>るものだと想像しています。
これ、縄文時代中期(5000年前)の粟津湖底貝塚で、現生種のフナ・コイの魚骨が出土していたと思いますが。
http://www.bakucho.co.jp/toku/m33.html
>Basser誌に連載中の「水辺の環境学」で縄文時代の釣り針について書いたので、
>ひたちなか市埋蔵文化調査センター長の鴨志田篤二(かもしだとくじ)先生から
>「当センターのご紹介をいただきありがとうございました。」とお礼状が届きま
>した。
>さらに、考古学ジャーナルに掲載された論文の別刷にサインと印をいただいたも
>のが同封されていました。
これ↓ですね。
鴨志田 篤二(2002):茨城県の骨角器―ひたちなか市三反田蜆塚貝塚を中心に−.
考古学ジャーナル490(特集「関東地方の骨角器」),ニュー・サイエンス社.
>学者はお互いの研究を敬い、自分の研究成果の論文を謹呈しあう礼節を重んじて
>います。
別刷の進呈は、(1)読んでもらいたい研究者に送る場合、(2)自分の近況報告代わりに送る場合、(3)礼状な
どに添える場合、が大部分と思われますが、これはどのケースでしょうね?
>鴨志田先生が扉を開いた虎塚古墳は「前方後円墳」です。
>北九州の「装飾古墳」と同じであることから、霞ヶ浦周辺へ九州の一族が移り住ん
>で、水田で稲作を始めたことが証明されました。
虎塚古墳は築造年代が7世紀の初頭とか前半と云われてる前方後円墳で、熊本県や福岡県に分布する
6世紀後半代の装飾古墳との壁画の類似性から、何らかの集団の移動が示唆されているのは確かです。
しかし、関東地方の水田稲作は遅くとも紀元前2世紀(暦年較正年代)には伝播したものと考えられますの
で、7世紀の虎塚古墳の壁画の存在をもって、「霞ヶ浦周辺へ九州の一族が移り住んで、水田で稲作を始
めたことが証明され」るには、年代的なヒアタスが大きすぎると思われます。
http://www.bakucho.co.jp/toku/m40.html
>私が皆さんにお読みいただいている文章は、私の傍らに積み上がっている蔵書と大学の図書
>館にある専門書や学術雑誌の論文を読んで勉強した内容に、自分が直接見聞きしたことを加
>えて書いています。
「私の傍らに積み上がっている蔵書」のいくつかは同定できました、多分。ネタ本から不用意な形で引用さ
れるのは、どうでしょうね…
マス先生は生物多様性関係の著作を出版の御予定であると記憶しておりますが、「大学の図書館にある
専門書や学術雑誌の論文を読んで勉強した内容」については、御著書の中でキチンと典拠を明らかにし
て下さいね。
それが〈研究者〉としては、ごく普通の姿勢であることは御存知でしょう。学生時代に充分に訓練を積んで
来ていることですよね。
http://www.bakucho.co.jp/toku/m41.html
>ブラックバスファンの方々へこんなことを言ったら猛反発されるかも知れませんが、琵琶湖
>博物館は数ある博物館のなかでも「良く頑張っている」と思います。
>展示の方法や学芸員の解説が解りやすいのです。
これには素直に同意です。あそこには「博物館学」が専門の学芸員も居ますから、その点ではきわめて充
実していると思いますよ。ただし、考古・歴史系はチョット弱いかなと感じますが、これは私が通史的な展示
に慣れ過ぎているからかも知れません。
>元国立だった博物館を見学したら「ぶっちょう面」でマイペースで説明し、さっさと自室に
>帰ってしまった研究員がいました。
東京上野の某博物館(科学博物館に非ず)ですか。あそこはあそこで、明治から戦前にかけての博物館
がどのようなものであったかを知る上での、貴重な生きた教材ですから(w
>博物館、水族館、植物園、動物園は来館者のためにあるのです。
>館員の研究のために税金で雇っているのではありません。
>研究費は研究員・学芸員が個人的な興味に使うお金ではなく、社会還元するために、私たち
>市民に代わって調査研究していただくために税金から拠出されたものです。
>市民に不必要な調査・研究をするなら福祉予算に回した方が有意義です。
おそらく、マス先生は博物館業務の御経験も無く、博物館学芸員の資格もお持ちでないと思われます
が、博物館業務には大きく維持管理・企画学芸・調査研究の三部門があります。その博物館設置の目
的に沿った調査研究が行われ、その結果が展示企画されます。どのような調査研究が行われるかは
その博物館の設置目的で枠付けされます。決して学芸員の個人的な志向で規定されるものではありま
せん。
まあ、文科省の科研費や民間財団の助成金とかがいただける時には、個人的な志向の研究に使え
ますが。その点で、博物館学芸員はマス先生のようなアカデミーポストでは無いので、「おまいらは研
究職じゃねぇ」と苛められます(w
まぁ、実際の仕事は、ヘラブナ専一の釣人にフライでバスを釣れと云うようなものが多いですが…
>琵琶湖博物館も琵琶湖畔の群雄割拠の時代についての展示の充実を期待しています。
そっちは、滋賀県立安土城考古博物館の担当かと。博物館施設も棲み分けがありますし、安
土城の整備も進められていますから。
>ヒトが環境を変化させてゆく過程を学ぶには考古学に始まる歴史が基礎的な要因です。
マス先生の著述は、人類学・考古学・歴史(文献)学・民俗学などの諸科学が学際的に統合(w)され
てますが、それぞれの分野・領域の特性や限界をどのように理解されているのですかね?
普通はやらないようなことをやっておられますが、その辺の勉強も対象魚と釣法の関係のように、なか
なか興味深いと思われますが(w
http://www.bakucho.co.jp/toku/m44.html
>連載の003で「日本で最初に漁労をしていたのは馬場壇A人だったと想像しています」と書
>きました。
はい。突っ込ませていただきました。
>馬場壇遺跡は捏造(ねつぞう)ではないかとの疑惑があります。
「疑惑」じゃなくて、すでに確定してるんですけど。
【宮城県議会会議録に見る捏造問題】
http://www.asahi-net.or.jp/~XN9H-HYSK/godhand/miyagi.htm#satou
>考古学ロマン派としては「いや、馬場壇A人はいたんだ!」と言い張ろうかと思います。
?????????
それって、検出されていない寄生虫の存在を主張するのと同じじゃ…
【考古学の定義】
「考古学は過去人類の物質的遺物(に拠り人類の過去)を研究するの学なり」
「考古学は一の纏まりたる内容を有する科学と称するよりは、寧ろ物質的資料を取り扱う科学的研
究方法と云ふを当れりとするを以って、此の方法によって其の研究する所は如何なる方面にも可
なり。美術史家は以って美術の様式、製作の法式を研究す可く、宗教史家は以って宗教的観念、
儀礼の変遷等を研究す可く、社会学者、文明史家其他百般の専門学者各々此の方法に拠りて
其の資料を適用す可きなり。」 濱田耕作(1922):通論考古学
>「宇宙人が地球に来た証拠があります」と宇宙人ロマン派が熱弁をふるいます。
>「義経はジンギスカンになった」と義経ファンが言い出します。
>「明智光秀は逃げのびて天海僧正になった」とは光秀ファンのロマンです。
>言論、思想信条の自由はようやく日本にも定着しつつあるようです。
・・・・・・・・・ そのレベルですか ・・・・・・・・・
>ただし、ゴッドハンドなる手法で考古学のロマンをブチ壊した方には「私たちの楽しみを
>奪わないで下さい」と申し上げたい。
マス先生がお書きになっておられる事も、変わりが無いと感じるのは私だけでしょうか?
発掘調査区にギミックを埋め込むのも、調べもせずにデタラメを書き込むのも…
>すでに絶滅した原人のことは、宇宙人のことに共通する楽しみがあります。
>ツチノコ、カッパがいると想像を張りめぐらすことができる自然は楽しいのです。
こうしたレベルのことであるなら、中学生・高校生が読むような場において、大学研究者の
肩書きでもっともらしく書き散らすのは、如何なものでしょうね…
>郷愁ロマンを被うシートをはがし、裸の王様を指差して裸だと言わないで下さい。
ロマンだから無粋な突っ込みは御遠慮願いたい、と云うことでしょうか(w
これからも突っ込ませていただきますよ。御著書を出版予定とあれば尚更に。
主戦場でマス理論を撃破することは私の任ではありませんが、目晦ましとして利用するために、私と
関わりのある分野をこうもいい加減に扱われては、やはりこちらでも戦線を維持するしかありませんね。
474 名無しバサー 2005/06/22(水) 09:42:27
>岩
ウザイから自分の考古学とやらでやってくれ
475 岩屋山亜式@考古学板 ◆CAT9FZUkUk 2005/06/22(水) 11:37:52
>>474
ヤダ(w
こんなレベルの話、考古学板(学問板)でやってもしょうがないし、読んでオカシイと云うことが
すぐ解かる連中に解説したって意味無いですよ。
マス先生の〈論〉をありがたがっているのは、一部(と信じたい)のバス釣り関係者でしょう。
だから、ココでその〈論〉のデタラメさを解説することこそ意味があると思います。
まっ、私自身もバスマンですしね…
それから、
一部の理系研究者は、マス先生の〈論〉がすごくオカシイと解かっているけど、どこが
オカシイのかをキチンと指摘できない。 言ってること自体はマス先生にとっても専門
領域じゃ無いが、でも突っ込もうとしている理系研究者にとってもあまりに畑違いで
触りようが無い。
と云った構図があります。
そうした点を、ここの書き込みを参考にすることで打破してもらえれば、幸いと考えています。
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